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太陰暦

暦の話を続ける。
 歴史上、多くの国家では、当初は太陰暦、あるいはその修正としての太陰太陽暦を採用していた。
 ローマにしろ、建国は紀元前700年頃というから、まず長い太陰暦(太陰太陽暦)の長い期間があって、その後にユリウス暦という流れである。 
 太陰暦は月の地球に対する公転周期を1か月とするところから考え始める暦である。月の満ち欠け(朔望月(さくぼうづき))は約29.530589日なので、1か月を30日(大の月)または29日(小の月)とし、12か月を1年とする。(12か月余りを1サイクルとして太陽の動きが繰り返されているということは認識されていたということだろう。)
 単純に掛け算すれば、1年は29.5の6倍354日となるが、朔望月の方は29,53いくつで余りを生ずるので、適宜閏日を挿入してつじつまを合わせる。つまり1年は年により354~355日となるが、これでも、地球の公転周期との間では、1年に10日余りずつ不足が生ずる。
 それを地球の太陽に対する公転周期とのずれが拡大しないようにと修正しようというのが太陰太陽暦である。どう修正するかであるが、365.252(地球の公転周期の近似値)÷29.531(月の地球に対する公転周期の近似値)≒12.368だから、1年12か月とすれば、年に約0・368月ずつの余りが生ずる。これに近い数値の分数を見つければよいわけで、19分の7がかなり近い(7÷19≒0.368421)。これを基礎にしたのが19年7閏法という方法で、紀元前433年にギリシャの天文学者メトンが発見したものである。中国でも同様の考え方で暦が作られている。つまり、19年に7回、閏月を設ける。
月の満ち欠けは目に見える現象であり、それを使って1か月という単位を画することから、人間にとってわかりやすい暦であるといえる。暦には、あらかじめ決まっていることこそが重要だという要素があり、多くの国で原初的に太陰暦を採用したことにはある程度納得できるものがある。
 しかし、自然を相手にする農業や漁業では、それでは困ってしまう。どのタイミングでどのような農作業を始めるのか、太陽との距離や日照時間が重要で、だからこそ先進国ローマでは太陽暦が採用され、それ以外の国でも、太陰暦にとどまらず太陰太陽暦が模索されたということだろう。しかし、太陰太陽暦では、同じ日付であっても太陽と地球との位置関係には数パターンあるわけで、従事者はその調整に苦労していたのではなかろうか。