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17 逆境の夜に

これまでのシリーズでは,主としてプラス思考用アイテムの側からアプローチしてきたが,今回は少し趣向を変えて,場面で考えてみようと思う。
逆境の夜,人はどうすべきか。
ここでの「逆境」は,主に自己評価と他人評価とのギャップ,それも前者に比べて後者が低いという場合に関わるそれを念頭においている。
逆境はいつなんどき訪れるかわからないが,はっきりしていることは,どんな逆境も必ず乗り越えていかなければならないということである。
そのためにどう振る舞うべきなのか。そうしたとき,周囲の人たちは,自分の振る舞いを見ている。それゆえそれは,真価を発揮すべき最大の機会なのだ。
逆境の夜には,自分の心を見つめ直したらいい。過去どんなふうに社会の役に立ち,そのことが自分の心の中にどう反映しているか。将来に向けてどんな希望や理想を胸に抱き,その思いに恥じないで生きていく決意があるか。

前回,プライドの言わば「種苗」として「序列」に基盤を置くそれと「社会への役立ち」に基盤を置くそれとの二種類があり,そのうちで自分を支えるためには,後者をこそ選ぶべきだという趣旨を論じた。
種苗というたとえを用いたのは,プライドについては「育てる」過程が必要だという含意もある。自分を支えるためのプライドである。ある日突然心に浮かび,直ちに完品となるわけではない。
こうしたプライドは,成功体験によって育つ面がある。すなわち,社会(広義・前回指摘したとおり,職業だけでなく,家庭やコミュニティなど,自分以外の人との関わり全般を意味する用法である)のために役立ったという現実の経験が,このやり方で生きて行けるのだという確信・自信をもたらし,それを続けようとする決意が自己の生き方の正当付け,自己評価につながり,やがては自分の尊厳を保とうという思いに育つ。それは日々の積み重ねの結実なのだ。
過去においてそうしたことを余り意識しなかったからといって心配する必要はない。日常的な社会との関わり,役立ちの成功体験は,たとえそれと明確に意識してこなかったとしても,プライドを静かに育ててくれてきているはずだからである。
他方,成功体験のような過去の「実績」ばかりでなく,将来への思い,たとえば「希望」とか「理想」とかいったものも,プライドを育てる役割を担う。そして,こちらについては,むしろあえて意識して,それらをプライド育成のために用いるということを考えるべきだと思う。

たとえ今が逆境であるとしても,いや,むしろ逆境であるがゆえに,心に誇りをもち,正々堂々と胸を張って生きていこうとする姿勢,それこそが,「プライドによって自分を支える」ということなのだろうと思う。
「実るほど,頭を垂れる稲穂かな」という諺があるが,それと同じくらいに大事なことは,実っていない時期,卑屈になることなく,頭を垂れずに生きていくことなのだといってもいい。
逆境のときにプライドで自分を支えようとする態度は,同時に,プライドをいっそう強いものに育てるという役割も果たす。ある種の植物が,その実りのためには陽光や慈雨だけではなく寒風をも必要とするように,プライドは,成功体験だけで熟成するわけではないように思われる。おそらく逆境体験もまた,プライドを強くするためにはとても重要なものなのだ。

自分の心を見つめ直すということは,「思考する」ということを意味する。ともすると,逆境の夜,人は思考できなくなることがある。悩みが思考回路の障害物となり,展望が開けないまま,堂々巡りのように,思いがとりとめもなく同じ所を行き来することがある。要するに,思考停止状態である。
そうした思考停止を防ぐということも,プライドと関連性をもっている。
というのは,「役立ち種」のプライドは,「序列種」のそれのように優越感などの感覚によって形成されるものではなく,日ごろの行為とその前提となる思考によって織り成すものなので,日常からの思考習慣を重要な要素とするからである。平時の思考習慣は,危機時においても思考を停止させず,活発化させる作用をもつ。
停電時に備えてバッテリーの準備を怠らないことが必要なのと同様,平時から物事をよく考えて思考回路の通電を確保できるようにしておくことは,とても大切なことなのだ。
次回はその問題を少し考えてみたい。